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2021-03-16

葉巻を吸う2人の客

今日の 14時少し前の話し。行き付けのイタリアン・レストランのテラス席は喫煙可だったようだ。そこで葉巻を吸う客同士の会話に少し混ぜてもらった。店内で食事をしていたら、店の奥様が若い男性客に「あの人来たわよ」と声を掛けた。僕より 20歳は若いであろうその男性客がテラス席の方に向かう。

そちらに目をやると、どうにも怪しい雰囲気の、僕より幾つも年上であろう男性客がいて、そのまま話し込んでいる。お店のご主人によると、2人はどちらも葉巻を吸うのだという。そのうち、2人は揃って葉巻を吸いだした。

若い男性客が元々座っていた席にバジルのパスタが置かれた。店の奥様が、店内で食べるのか、それともテラス席に移動するか確認していた。それには店内で食べます、と答えていたが、一向に自分の席に戻る気配がない。「パスタ固まっちゃうけど私知らないよ!」と店の奥様。

2人があまりに話し込むので、帰り際にテラス席に寄って声を掛けてみた。話しによると、2人は今日、初めて顔を合わせたのだそうだ。どちらも自分の他に葉巻を吸う客がいることを聞いていて、お互い会えることを楽しみに待っていたようだ。

僕は煙草の類はやらないのだが、話しを聞くと葉巻の世界もなかなか奥が深い。火の付け方にもコツがある、葉巻用のマッチがあるなど。また、葉巻をどれだけ長く吸い続けられるかを競う国際大会などもあるそうだ。

自分がまったく知らない分野なので色々と興味深かったが、何より 30歳以上も歳が離れているであろう 2人が席を同じくして話し込んでいる様子がよい雰囲気を醸し出していた。2人とも、新しい葉巻仲間ができてさぞ嬉しかっただろう。短い時間ではあったが、僕にとっても楽しいひと時だった。

2020-11-18

江戸の雰囲気

僕が義足になる少し前、2018年の夏だったと思う。朝、東京駅の地下道を京橋に向かって歩いていた。向こうから、もうかなりの歳だと思われるご老体がゆっくりと歩いてくる。すれ違いざま、そのご老体が明るい声で「お久しぶりです」と声をかけてきた。その人にまったく心当たりはない。思わず「はい?」と声を出してしまう。

「鈴木です、電気屋の」と言って、ご老体が人差し指で自分の鼻先を指した。TV ドラマで見る、そのままの動きだ。僕が「お間違えだと思いますよ」と言うと、そんな筈は、という様子で「うーん。...そうですか?」と言う。その表情がとても悲しそうだった。

「でも、声を掛けてくださって有難うございます。お気を付けて」と言ってご老体と別れた。そのご老体の発する言葉が、まるで時代劇で見る江戸っ子のような調子で、何だかとても楽しい気分になった。暫くの間、その気分を味わっていた。

あれが "江戸言葉" とか "東京方言" と呼ばれるものだろうか? ほんの短い会話だったが、実に貴重な体験だった。

2020-09-25

歌詞が気になる

外国語の歌 ("洋楽" に限らず) を聴くとき、どんな歌詞なのかがとても気になる。楽曲が気に入れば取り敢えず好んで聴き始めるのだが、その後も歌詞の意味を知るために、あれこれと手間をかけることになる。大まかにでも、歌の内容が知りたい。歌詞の意味が判って、もしそれが受け入れられなければ、その歌は聴かなくなる。

そうなるに至ったきっかけは、中学生の頃に友人宅で "のっぽのサリー" (Long Tall Sally) の訳詞を見たことだ。ビートルズのシングル盤だった (僕はビートルズの現役世代ではないが、とにかく友人がそのシングル盤を持っていた)。"のっぽのサリー" は単純に楽しめばよい歌で、神経質になる必要はまったくない。それでも、こんな歌詞だったのか、と、友人と二人で苦笑いした。

だいぶ後になってからだが、他にもこんな事があった。大学時代、帰国子女の同級生と二人、駅のプラットフォームで電車を待っていた。僕らの 3m くらい前に同世代と思われる男性がスタジアム・ジャケットを着て立っていた。スタジアム・ジャケットの背中には、ひとつの単語だけが外国語で大きく刺繍されていたのだが、同級生がこっそりそれを指して「あれ、ロシア語で "ファシズム" って書いてある」と小声で言った。「あれは外国じゃ着れないね」と。この事も、多少影響していると思う。

そんなこんなで、外国語の歌を聴く時は歌詞を気にするようになった。もっとも、歌詞に限らず、日頃見聞きする外国語の意味には注意を払うべきなのだが。