仮義足を作る時、その耐用年数は本義足同様 2年だと聞いていましたが、僕は仮義足を使い始めてもう 5年2ヶ月になります。
現在の仮義足が自分の足に合っているか? というと、まったく合っていません。しかし、これは仮義足を使っているうちに合わなくなった、ということではありません。僕の場合、チェックソケットから仮義足に移行する際に急激に足が細り、仮義足が手許に来た時点で断端袋、それもいちばん厚手のものを 5枚も履くようになっていました。それは単に面倒臭いだけで、生活や歩行そのものに支障はありませんでした。その状態にそのまま慣れてしまった、というわけです。
そういう事なので、「現在の仮義足が自分の足に合っていない」という事は脇に置きます。その事を軽視するわけではありませんが、僕にとっては重要ではありません。
一度、断端袋を履き忘れて (普段は 5枚履いているところを 1枚も履かずに) 外出してしまった事がありますが、当然いつもより歩き辛いのですが、自宅に戻るのも面倒だったのでそのまま用事を済ませる事にしました。用事を済ませて自宅に戻るまで、特に問題はありませんでした。
5年2ヶ月の間に起きた事は、一度だけ足部のネジが緩んで締め直してもらった事、断端袋やストッキングを大量に消費した事くらいです。ライナーはかなりくたびれた感じになっていますが、一度も作り直していません。仮義足を履いて 4年半ほど経った時、ライナーの内側のシリコンに細かいヒビができている事に気付きました。こういうところからライナーが裂けるのだろう、と思いましたが、現在も持ち堪えています。
そうは言っても、これはあくまでも僕個人の話し。一般的にはそうはいかないでしょう。僕があれこれ気にしない性格で、平たく言えば「現在履いている仮義足に愛着がある」というだけのことです。僕が利用している義肢制作会社の方は、「断端袋を 5枚も履いているなら (それくらい義足が足に合っていないのなら)、2年も待たずに新しい義足を支給してもらえる筈だ」と言っていました。自分の足に義足が合わないのなら、さっさと作り直した方が吉でしょう。
僕も、遠からず本義足を支給してもらうでしょう。
遙遠夏雷
2024-07-11
2024-07-09
シャワーを浴びる時、浴槽の底面にタオルを敷く
僕は時々ビジネスホテルに泊まります。田舎に帰省する時や大雪で予定していた外出が怪しい時などですね。最近気に入って定宿にしているホテル (全国チェーン) があるのですが、ひとつ残念なところはユニットバスです。浴槽の底面に滑り止め加工がされていないし、手摺も付いていません。
僕は樹脂製の (水に濡らしてもよい) 義足を持っていないので、シャワーを浴びる時は浴槽の中で片足で立っています。危うさを感じつつも「大丈夫」と自分に言い聞かせていたのですが、去年帰省した時にそのホテルの浴槽内で足を滑らせて転倒し、頭もぶつけてしまいました。幸い大事には至りませんでしたが、いつも一人で宿泊しているので、意識を失ったり酷い怪我でもしていたら...、と思うと、とても不安な気持ちになります。
そんな事もあり、浴槽内で足を滑らせて転倒しないよう、最近は二つ折りにしたフェイスタオルを浴槽の底面に敷き、健側の足をその上に置いて (タオルを踏んだ状態で立って) シャワーを浴びるようにしています。
これはかなり効果があります。細かく言うと、予めタオルを濡らし、裏面 (滑らかでない方) を表に二つ折りにして、浴槽を使い始める前に底面に敷きます。シャワー中はボディソープやシャンプーを使いますから、結構滑るのでは? と思いましたが、意外と問題ありませんでした。まあ、立ち位置を決めるために、タオルの上でちょっとケンケンしましたが...。
その他、是非とも注意してほしいのは、壁に持たせた背中や腕、肘になるべく体重をかけない事ですね。本当に滑りやすいです。シャワーヘッドはなるべくホルダーに掛けておき、シンクの縁や、シャワーヘッドやホルダーなどに軽く片手を掛けておいた方が立っている時のバランスを取りやすいです。また、浴槽の縁に腰掛ける時もとても滑りやすいので、それ用にもう一枚濡れタオルを用意しておくと更に安心です。
僕は樹脂製の (水に濡らしてもよい) 義足を持っていないので、シャワーを浴びる時は浴槽の中で片足で立っています。危うさを感じつつも「大丈夫」と自分に言い聞かせていたのですが、去年帰省した時にそのホテルの浴槽内で足を滑らせて転倒し、頭もぶつけてしまいました。幸い大事には至りませんでしたが、いつも一人で宿泊しているので、意識を失ったり酷い怪我でもしていたら...、と思うと、とても不安な気持ちになります。
そんな事もあり、浴槽内で足を滑らせて転倒しないよう、最近は二つ折りにしたフェイスタオルを浴槽の底面に敷き、健側の足をその上に置いて (タオルを踏んだ状態で立って) シャワーを浴びるようにしています。
これはかなり効果があります。細かく言うと、予めタオルを濡らし、裏面 (滑らかでない方) を表に二つ折りにして、浴槽を使い始める前に底面に敷きます。シャワー中はボディソープやシャンプーを使いますから、結構滑るのでは? と思いましたが、意外と問題ありませんでした。まあ、立ち位置を決めるために、タオルの上でちょっとケンケンしましたが...。
その他、是非とも注意してほしいのは、壁に持たせた背中や腕、肘になるべく体重をかけない事ですね。本当に滑りやすいです。シャワーヘッドはなるべくホルダーに掛けておき、シンクの縁や、シャワーヘッドやホルダーなどに軽く片手を掛けておいた方が立っている時のバランスを取りやすいです。また、浴槽の縁に腰掛ける時もとても滑りやすいので、それ用にもう一枚濡れタオルを用意しておくと更に安心です。
2024-06-21
歌詞雑感: 北原謙二 - さよなら さよなら さようなら
北原謙二 - さよなら さよなら さようなら
Released as a single (1962)
Side B (Side A: あこがれのエコーライン)
→ https://x.com/YaoyuanXiaLei/status/1751204248732443032
※歌詞は聴き取ったままを文字に起こしたものです。
※平仮名、漢字、送り仮名は元の歌詞と異なる場合があります。
3番の歌詞から。
※X (旧 Twitter) その他の SNS の投稿では、YouTube の動画へのリンクを貼っています。
Released as a single (1962)
Side B (Side A: あこがれのエコーライン)
→ https://x.com/YaoyuanXiaLei/status/1751204248732443032
赤いパラソルくるりと回し
あの娘しょんぼりこちらを向いた
町の外れのつんころ小橋
さよなら さよなら さようなら
雀チュンと鳴いて日が暮れる
後ろ向かずに歩いていたが
堪え切れずに後振り向いた
きっとの娘も同じ (おんなじ) 気持ち
さよなら さよなら さようなら
胸のブローチが光ってた
きっとまたねと帽子を振れば
あの娘泣き泣きパラソル振った
忘れられない初恋小道
さよなら さよなら さようなら
汽笛ポーッと鳴れば思い出す
※歌詞は聴き取ったままを文字に起こしたものです。
※平仮名、漢字、送り仮名は元の歌詞と異なる場合があります。
1番の歌詞から。
- "パラソル" とは女性用の日傘 (洋傘) の事です。最近は使わない言葉ですね。"ビーチパラソル"、"ガーデンパラソル" などは耳にすることはありますが...。
- "しょんぼり" という表現、最近ではまったく耳にしませんね。
- "つんころ" をご存じの方は殆どいないでしょう。"ちょっとした"、"取るに足らない" というような意味で使われる言葉です。
- 雀は近年個体数が激減しているといわれています。僕が子供の頃は雀がたくさんいて、朝からよく鳴いていました。
- "チュンと鳴いて"。こういう言い回しは日本語独特のものだと感じます。
2番の歌詞から。
- "後ろ" と "後" (あと)。同じ意味、それを表す漢字の読み方が異なる。こういうところは、日本語を学ぶ外国人にとって大変困難でしょう。
- "ブローチ"、僕の母親の世代はよく身に付けていましたが、最近はあまり見かけません。どちらかというと、フォーマルな場面で用いられるのでしょうか。
3番の歌詞から。
- "汽笛"。蒸気機関車も、近年ではごく一部の地域でしか走っていませんね。僕は、汽笛を生で聞いたことはありません。映像でのみ知っています。
- "ボーッと鳴れば"。1番の歌詞の "チュンと鳴いて" と同じく、日本語独特な言い回しだと感じます。
※X (旧 Twitter) その他の SNS の投稿では、YouTube の動画へのリンクを貼っています。
2024-02-19
身体障碍者手帳の再交付を申請した
落としたとも思えないのだが、どうしても見付からない。仕方なく身体障害者手帳の再交付を申請することにした。
僕の住んでいる自治体では、従来の紙形式ではなくカード形式 (運転免許証と同じサイズの) が選択できるとのことで、今回はカード形式での再発行を申請した。これ迄は紙形式の身体障害者手帳だったのだが、何度かうっかり洗濯してしまったことがあったのでカード形式がよいだろう。
自宅からは区役所より保健相談所の方が近いのでそちらへ出向いた。再交付には約 1ヶ月半かかるというが、「2ヶ月はみておいてください」と言われてしまった。そんなに時間がかかるとは想定していなかった。但し、これは自治体によって異なるかも知れない。
さて、僕はよくタクシーに乗るので、障害者割引を受けるために身体障害者手帳をよく利用していた。また、最近は実家問題もあり、帰省のためによく飛行機を利用していたのだが、航空券も "障がい者割引" (日本航空の表記) で購入していた。
そこで、再交付を待っている間はどうしたらよいのだろう? という事が気になった。窓口で「タクシーや飛行機をよく利用するのですが、いつも身体障害者手帳を提示して割引してもらっています。再交付までの間、身体障害者手帳の資格者である事を証明できるようなものは何かありますか?」と質問した。すると「ある」との返答。
それは "身体障害者(児)手帳所持証明書" というものだった。この名称も自治体によって異なるかも知れない。
この証明書を発行してもらうためには申請書の提出が必要。申請理由を書く欄があるのだが、こちらも難しい事は書かなくてよかった。僕の場合は「割引料金の適用を受けるため」とだけ記入し、無事発行してもらった。この証明書は A4 サイズの用紙 1枚。僕は印字面を表にして二つ折りにし、A5 のクリアファイルに挟んで持ち歩く事にした。
なお、保健相談所の職員からは「この証明書を提示しても実際に割引料金の適用が受けられるかどうかは事業者次第」との注意があった。
先日タクシーに乗車した際、この証明書で障害者割引を適用してもらえるかどうか運転手さんに聞いてみたところ、「大丈夫 (適用される)」とのことで安心した。もっとも、これもタクシー会社によって対応が別れるのかも知れない。
僕の住んでいる自治体では、従来の紙形式ではなくカード形式 (運転免許証と同じサイズの) が選択できるとのことで、今回はカード形式での再発行を申請した。これ迄は紙形式の身体障害者手帳だったのだが、何度かうっかり洗濯してしまったことがあったのでカード形式がよいだろう。
自宅からは区役所より保健相談所の方が近いのでそちらへ出向いた。再交付には約 1ヶ月半かかるというが、「2ヶ月はみておいてください」と言われてしまった。そんなに時間がかかるとは想定していなかった。但し、これは自治体によって異なるかも知れない。
さて、僕はよくタクシーに乗るので、障害者割引を受けるために身体障害者手帳をよく利用していた。また、最近は実家問題もあり、帰省のためによく飛行機を利用していたのだが、航空券も "障がい者割引" (日本航空の表記) で購入していた。
そこで、再交付を待っている間はどうしたらよいのだろう? という事が気になった。窓口で「タクシーや飛行機をよく利用するのですが、いつも身体障害者手帳を提示して割引してもらっています。再交付までの間、身体障害者手帳の資格者である事を証明できるようなものは何かありますか?」と質問した。すると「ある」との返答。
それは "身体障害者(児)手帳所持証明書" というものだった。この名称も自治体によって異なるかも知れない。
この証明書を発行してもらうためには申請書の提出が必要。申請理由を書く欄があるのだが、こちらも難しい事は書かなくてよかった。僕の場合は「割引料金の適用を受けるため」とだけ記入し、無事発行してもらった。この証明書は A4 サイズの用紙 1枚。僕は印字面を表にして二つ折りにし、A5 のクリアファイルに挟んで持ち歩く事にした。
なお、保健相談所の職員からは「この証明書を提示しても実際に割引料金の適用が受けられるかどうかは事業者次第」との注意があった。
先日タクシーに乗車した際、この証明書で障害者割引を適用してもらえるかどうか運転手さんに聞いてみたところ、「大丈夫 (適用される)」とのことで安心した。もっとも、これもタクシー会社によって対応が別れるのかも知れない。
2024-02-04
もう一度あの場所に行ってみたい
2015年頃だったと記憶している。当時の職場は新宿三丁目にあった。休憩時間 (昼休み) が 1時間あったが、何時から休憩するかは基本的に自由だった。
当時、休憩時間に行き当たりばったりで職場の近辺を探索するするのが好きで、その日は午後 2時頃、都道 302号線 (新宿両国線) を跨いで新宿五丁目側に渡った。適当な道に入ってどんどん歩いて、職場のあるビルからはだいぶ離れてしまっていた。
そろそろ職場に戻る時間だ。とはいえ、都道 302号線方面に戻るだけだ。進む方向を変えて、また適当な道を新宿三丁目方面に歩いた。
すると、予想だにしない一角に出た。舗装された S字の道路があり、その両側に近代的な家が並んでいる。家はどれも 1階建てで敷地を広く取ってあり、外国の家のような前庭があった。
道路も家も新しく、陽の光を眩しく反射していた。その一角はとても静かだった。ここはどういう場所なのだろうと思い辺りを見回したが、その道にも、家々の前にも他に誰もいなかった。携帯電話を持っていたが (当時スマートフォンはまだ使っていなかった)、その光景があまりにも美しく見とれていて、その一角を写真に収める事は頭に浮かばなかった。
そのままその一角を抜けて職場に戻った。そのうちまたあの場所に行ってみたいと思ったが、それは実現しないまま職場が変わり、新宿三丁目とはそのまま縁が切れてしまった。
あの場所が新宿五丁目だったのか、六丁目だったのか、はたまた7丁目だったのか。適当な道をかなり歩いた事もあってそもそも曖昧だが、富久町や若松町には入っていなかったように思う。場所が分かれば、また足を運んでみたい。
当時、休憩時間に行き当たりばったりで職場の近辺を探索するするのが好きで、その日は午後 2時頃、都道 302号線 (新宿両国線) を跨いで新宿五丁目側に渡った。適当な道に入ってどんどん歩いて、職場のあるビルからはだいぶ離れてしまっていた。
そろそろ職場に戻る時間だ。とはいえ、都道 302号線方面に戻るだけだ。進む方向を変えて、また適当な道を新宿三丁目方面に歩いた。
すると、予想だにしない一角に出た。舗装された S字の道路があり、その両側に近代的な家が並んでいる。家はどれも 1階建てで敷地を広く取ってあり、外国の家のような前庭があった。
道路も家も新しく、陽の光を眩しく反射していた。その一角はとても静かだった。ここはどういう場所なのだろうと思い辺りを見回したが、その道にも、家々の前にも他に誰もいなかった。携帯電話を持っていたが (当時スマートフォンはまだ使っていなかった)、その光景があまりにも美しく見とれていて、その一角を写真に収める事は頭に浮かばなかった。
そのままその一角を抜けて職場に戻った。そのうちまたあの場所に行ってみたいと思ったが、それは実現しないまま職場が変わり、新宿三丁目とはそのまま縁が切れてしまった。
あの場所が新宿五丁目だったのか、六丁目だったのか、はたまた7丁目だったのか。適当な道をかなり歩いた事もあってそもそも曖昧だが、富久町や若松町には入っていなかったように思う。場所が分かれば、また足を運んでみたい。
2023-10-08
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