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2020-04-10

言い争いになったが...。

→ 今し方、後ろから追い抜きざまに障害者を揶揄する...

その男が去った後も、暫く交番で過ごしてからの帰宅を提案された。地元での出来事ということもあり、再び顔を合わせてトラブルになるようなことを避けるためだ (或いは、交番から離れた場所でその男が待ち伏せしていることも想定していたのかも知れない)。留まることなく一旦自宅に戻り、2時間半ほど経ったが、念のため当の交番を訪ねて幾つかアドバイスを求めた。そこで、警官というのは実に詳細に事の一部始終を見ているということが分かって大変驚いた。道端で言い争いになってしまったのは残念だが、大変貴重な経験だった。

その男と僕は引き離されて、男の方はすぐに開放された。警官が来てから、男の声はより大きくなった。その場を離れながら時々怒鳴り、角を曲って姿が見えなくなった後も怒鳴り声が聞こえていた。何とはなく、目の前に交番があるからあの男は絡んできたような気がする、と言うと、警官は「そうだ」という。警官の方をチラチラ見ながら「お巡りさん早く来てよ」と視線で訴えていたのだそうだ。加えて、言い争いになる前からその男は挙動がおかしかったのだという。これには本当に驚いた。警官というのは、やはり交番の前でただ立っているわけではないのだ。ちゃんと周囲の状況に目を配っているのだと知った。そういえば、それでは警察に行きましょうかと交番の方に振り返った時、3人の警官は既にこちらに向かって歩き出していた。他にもその時の様子をあれこれと思い出して感服した次第だ。

2020-03-12

新宿三丁目の寿司屋にて

午後3時頃、新宿三丁目の寿司屋に入った。最後に寄ったのはもう三年以上前だ。以前は新宿三丁目が勤務地だったのだ。入店してみると、客は僕一人だった。カウンター席、板前さん、板長さんだと思うが...、の正面に座る。懐かしい顔だ。この店にはよくお邪魔していたのだが、他の客の手前もあり、当時は店の人とそんなに言葉を交わさなかった。

寿司に箸をつける段になって、板前さんがひと言、久しぶりですね、と言った。僕は驚いて、自分を覚えているのかと聞き返した。そりゃあ忘れませんよ、と、さも当然といった答え。僕が義足をまだ履いていなかったことも覚えていて、入店したときから気になっていたのだという。僕は感心して、そしてとても嬉しくなった。

その後からは、その板前さんと色々話しをした。店が35年も続いていて、新宿という街の移り変わりを見てきたこと。僕は、最近命を落としかけ、それがもとで義足になったことを話した。僕が店にいる間に他の客は来なかったので、ただ寿司と会話を楽しんで、よい気分のまま店を出た。

僕は余韻を味わいつつ家路についた。日々の暮らしの中での人との触れ合いが、僕の心を和ませるのだ。

2020-03-09

気軽に話題にしてほしい

障害は悪いことじゃないのに。「なぜ言ってはダメ?」友達への障害告知で悩む息子に伝えたこと【LITALICO発達ナビ】

僕は普段ジーンズを履いている。細身のストレートで、下腿義足になる前から愛用しているものだ。ジーンズを履くときは、義足側の裾を膝頭まで捲り上げている。ソケットを丸ごと見せる体裁なわけだ。ソケットが太く、裾を下げたままだと突っ張って歩き辛い、というのがその理由だ。ソケットの脹脛や、上部の広がった部分はジーンズの上からでもはっきり分かる。頑張って裾を下げたまま歩いていると、ジーンズがずり下がってくる。が、このジーンズはお気に入りで、履き心地はとても良く、愛着もあるので捨てる気はない。

さて、僕は道端で義足を履き直す羽目になったことがある。脛が痛くて歩けなかったのだ。無事に義足を履き直した後、お茶を飲んで一息つくために店に寄った。ご夫婦で切り盛りしている店だ。席に着いて痛んだ脛をソケットの上から擦っていると、お店の奥様が「自分の足のように擦っているけど、触っている感覚はあるの?」と聞いてきた。「ありません。ただ治まってくれと願って擦っています。」と答える。そのやり取りがなんだか可笑しかった。他にも「どうしてジーンズの裾を捲っているの?」と聞かれたが、そこに「障害者アピールしてるの?」という雰囲気はなく、単に「ちょっと聞いてみた」という感じで、その後も経営者のご夫婦や隣席の客と楽しく話して店を出た。

僕は、障害のことや義足のことは気軽に話題にしてほしい。障害の種類や程度にもよるので誰にでも言えることではないが、僕自身はそう思っている。もちろん、差別されたり揶揄されたりするのは真っ平御免だ。また、その人や、その人の家族から障害のことに触れてほしくないという雰囲気を感じたら、その時はそっとしておいてほしい。