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2020-05-25

死にかかっていた時

朝一番で病院に検査結果を確認しに行かなくてはならないのに、朝起きたら体が動かない。前日も定時まで時間を潰した後、職場ロッカーの陰で伏せっていた。自宅に帰るタクシーの中でも。ギリギリの時間まで粘ってバス停向かう。しかし、まともに歩けない。顔が上げられない。終点の最寄り駅に到着したら、今度はバスから降りられない。どうにかバスを降りたらそこから動けない。ガードレールに摑まってかろうじて立っている。意を決して歩き出す。ここから3軒目の小さなビル、20m くらい歩けば病院だ。下を向いたまま歩く。時々、顔を少し上げて今いる場所を確認する。

胃カメラの結果は問題ないが、血液検査では白血球数が危険な域に達しているとのこと (確か23,000程度)。そうか、胃癌じゃなかったんだな。「病院の外来に歩いて来れる人がこんな数値ってことは普通はないですよ」と。総合病院を探してもらう。タクシー乗り場は目と鼻の先です、一旦家に戻ったりせず病院に直行しなさいと言われる。緊急入院だそうです、と職場に連絡を入れる。

総合病院に到着して30~40分ほど待ったか。足が痛いそうですね、傷はありますか? と訊かれる。いいえ、ありません。今靴下履いてないんで、靴を脱げばすぐ分かりますよ。靴を脱ぐと、左足の小指の壊死が始まっていた。出掛け際に靴を履いたときは何ともなかったのだが。レントゲン写真が仕上がった時点で、左足を残すのは無理だと言われた。そんなこと言われたって、長いこと私の体を支えてくれた足だから名残惜しいですよ、と答える。このとき、整形外科の医師は「この患者は意識レベルが低下している」と思ったのだそうだ。ご自分では判断できないと思いますので、ご家族にご連絡を、と言われるが、判断できるのは私だけだと答える。まあ、そもそも独り暮らしだし、親兄弟も親戚も駆け付けて来れるほど近場には住んでいない。

敗血症で臓器不全を起こしていた。それまで普段通りの (少々強気な) 物言いをしていたが、集中治療に入って機械に繋がれた後は意識が無くなった。時折意識が戻っても目が開かない。凄まじい耳鳴りがする。その向こう、ずっと遠くで「血圧、上が50しかありません。」という看護師の声が聞こえる。

よく聞く臨死体験などはなかった。暗いトンネルを抜けて眩しい光に包まれたり、花畑の上を飛んだり、川辺に立って向こう岸に渡ろうとしたり、病室の天井から自分を見下ろしていたり。ただ、妙な幻覚を何度も見た。女性の看護師が来て、ベッドの柵に組んだ両腕を載せてもたれ掛かり、「魘されるタイプ?」と訊いてくるとか。どこかのバス停にいて、初老の女性が時刻表を指して懸命に何か尋ねてくるが、口だけ動いていて声は聞こえないとか。その時の自分にとって、それらは現実に起こっている事なのだが、そんな筈はないだろう、会話してはいけない、話しを聞こうとしちゃダメだ、という考えも浮かんで (声が聞こえるのではなく、思考が2つあるような感覚)、必死でその光景を頭から追い払う。

集中治療室から雑居病室に移り、「臨死体験しなかったってことは、まだ死ねないってことだな」と思う。会話は普通にできるのだが、3、4日の間、夜は居心地の悪い夢、同じ夢を何度も見て辛かった。ひとつは、目の前でプログラムソースがずっとスクロールしていて、若干の不安を感じながら処理の流れを追っている、というもの。もうひとつは、自分が海洋サルベージ会社の社員で、「あの船をどうやって引き上げようか?」と悩んでいる、というもの。時々目が覚めても、また眠ると夢が続いていたり、同じ夢を繰り返し見たりする。朝の気分は本当に最悪だった。

居心地の悪い夢を見ないまま目覚めた朝、前日までとはまったく違う感覚。喩えて言うと、外れていたピントが合ったような、二重にブレていたのが解消して輪郭がはっきりしたような。死にかかっている時って、精神状態も普通じゃないんだなあ。メータの針が「生」の方に振れたんだろうか、などと考えていた。