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2021-12-31

"夫婦別姓" について

僕にとって、"夫婦別姓" の問題は他人事だ。だからどうでもよい。「どうでもよい」ので、「特に反対する理由はない」。僕は独身だが、当然結婚によって自分の姓が変わる事になっても何の不満もない。

しかし、自分にとって「どうでもよい」とはいえ、社会において考慮すべき事はある。姓が変わる事によって、ある人の業績、ビジネスでも、学術研究でも、...が霞んでしまうことは避けるべきであると考える。専門分野でのその人の知名度を軽く考えてはいけない。

そうると、僕はどちらかというと "賛成" (認めるべき) 寄りなのだろう。

また、親と子で姓が異なる場合が生じるという事については、何ら問題を感じない。「子供がかわいそう」との意見もあるようだが、一体何が「かわいそう」なのか? それは、単に社会の認識や慣れの問題だ。「子供がかわいそう」という声がある事に、現在の社会の息苦しさを感じざるを得ない。

一方、夫婦別姓を認める場合に最も重要な事は、「個人を特定できること」だ。所謂 "トレーサビリティ" である。戸籍、税金、年金、医療などの履歴が、その人と正しく結びついていなければならない。強いて言えば、犯罪歴も同様だ。

「夫婦別姓を認めるか否か」は大きな課題だが、「認める事により生じる変化を、社会システムに正しく対応させる事」が重要であると考える。

2021-09-05

馴染みの店で話し込む

ある週の火曜日、昼時によく行く飲食店に寄った。食事していると、後から高齢の男性が入って来た。その男性と顔が合うのは 2度目で、東京都内の坂 ("建部坂"、"紺屋坂" など名前が付いている坂) を訪ね歩いている。写真を撮ったり、その坂の逸話を纏めたりしている。最初に会った時にそれらを収めたファイルを見せてもらったが、手書きの地図などもあり大変素晴らしいものだった。その日は他の常連客もおらず、店のご主人も交えてずっと話し込んでいた。以前はタウン情報誌の編集長だったとのことで、実に話題豊富な人だった。また面白い話しを聞かせて頂きたい。

その週の土曜日、同じ店で二人の若者と初顔合わせ。そのうち一人は今年 5月頃からその店に通い始めたという男性で、建築用塗料の会社に勤めているらしい。本社は愛知県で、地元で就職したのだが、配属先が東京だったとのこと。話しが弾む中で、その男性は自分の父は大工だと言った。お父さんの技術はもう引き継いであるか、と訊いたら、「いやあ、...嫌い (な仕事) だった筈なんですけどね。血は争えないですね」と笑った。

もう一人はバリスタの学校に通っているという女性。新潟から出て来たそうだ。なんでも学校ではカクテルの授業もあるそうで、この人が店に伝授したカクテルを何度か飲んだことがある。ビールを使ったカクテルで、とても美味しかった。バリスタの資格試験にはめでたく合格したそうだ。その女性とは、コーヒーとその周辺の話し、...焙煎の好みやエスプレッソマシンの話しや、将来店を開くならどんな店にしたいか、といった事を話した。なんでも "カフェ" ではなく、昔ながらの "喫茶店" が好きなのだという。それでも、今風のコーヒーの供し方も好きだと。喫茶店のスタイルに現在学んでいる事も取り入れて、いずれ新潟で個性的な店を開いてほしい。

僕は元々、飲食店へは深夜から出掛けて行くのが好きだ。一人であれこれと考えながら明け方まで過ごす。しかし、昼飯時の飲食店も様々な出会いがあってなかなかいいものだ。

2021-07-15

病院の怪談

 高校時代、体育の授業中に右の鎖骨を折ってしまい、入院することになった。手術が立て込んでいたせいで、僕は自分の出術日まで、右腕を胸元に固定されたまま10日間ほど過ごすことになった。入院当初は激痛に苦しめられたが、数日するとだんだん慣れて来た。慣れてくると暇を持て余すようになる。ある日の夕食後、暇を潰すために病院の中を探検していた。エレベーターに乗って適当にボタンを押す。

エレベーターの扉が開くと、その病棟には灯りがない。自分は探検している気分だ。エレベーターを降りて歩き出した。

その病棟は本当に真っ暗だった。しかし、完全に陽が落ちていなかったし、消火栓の赤い光と、非常口への誘導灯の緑色の灯りを頼りに歩くことができた。病室のドアはどれも閉まっていて、患者の名前もない。ナースステーションも稼働していない。稼働していないナースステーションは不気味だった。廊下には埃が綿になって溜まっている。この病棟は使われていないのだと思った。

ふと気付くと、ピッ、ピッ、ピッ、という機械音が規則正しく鳴っている。音のする方に向かっていくと、ひとつだけ扉が開いている病室があった。その病室は 4人部屋で、ひとつだけ患者の名前がある。病室の入口に立って中を覗くと、右奥のベッドに、医療機器に繋がれた患者がいた。

暗がりで暫くその患者を見ていたが、様々な思いが頭を過った。この人はいつからここにいるのか? この状態がいつまで続くのか?

廊下に埃が溜まっているような病棟だ。面会に来る人はいないだろう。1日に 1回でも、看護師はこの病室に来ているのだろうか? 医療機器が警告音を発したとして、ナースステーションも稼働していないこの病棟に、この病室に、果たして看護師は駆け付けて来るのか? そもそも、このような場所にこの人が置かれていることを知っている人は、どのくらいいるのか?

打ち捨てられた病棟で、忘れ去られた人を見た。何とも言えない気分だった。できるだけ人が多い場所に戻ろうと 1階に下りた。エレベーターを出て、振り返ってフロアの案内板を見ると、あの場所は脳神経外科の病棟の一部だった。

僕がこれ迄目にした中で、最も恐ろしく、悲しく、寂しい光景だ。

2021-03-16

葉巻を吸う2人の客

今日の 14時少し前の話し。行き付けのイタリアン・レストランのテラス席は喫煙可だったようだ。そこで葉巻を吸う客同士の会話に少し混ぜてもらった。店内で食事をしていたら、店の奥様が若い男性客に「あの人来たわよ」と声を掛けた。僕より 20歳は若いであろうその男性客がテラス席の方に向かう。

そちらに目をやると、どうにも怪しい雰囲気の、僕より幾つも年上であろう男性客がいて、そのまま話し込んでいる。お店のご主人によると、2人はどちらも葉巻を吸うのだという。そのうち、2人は揃って葉巻を吸いだした。

若い男性客が元々座っていた席にバジルのパスタが置かれた。店の奥様が、店内で食べるのか、それともテラス席に移動するか確認していた。それには店内で食べます、と答えていたが、一向に自分の席に戻る気配がない。「パスタ固まっちゃうけど私知らないよ!」と店の奥様。

2人があまりに話し込むので、帰り際にテラス席に寄って声を掛けてみた。話しによると、2人は今日、初めて顔を合わせたのだそうだ。どちらも自分の他に葉巻を吸う客がいることを聞いていて、お互い会えることを楽しみに待っていたようだ。

僕は煙草の類はやらないのだが、話しを聞くと葉巻の世界もなかなか奥が深い。火の付け方にもコツがある、葉巻用のマッチがあるなど。また、葉巻をどれだけ長く吸い続けられるかを競う国際大会などもあるそうだ。

自分がまったく知らない分野なので色々と興味深かったが、何より 30歳以上も歳が離れているであろう 2人が席を同じくして話し込んでいる様子がよい雰囲気を醸し出していた。2人とも、新しい葉巻仲間ができてさぞ嬉しかっただろう。短い時間ではあったが、僕にとっても楽しいひと時だった。